
本多さんの本は、最近またわが校の生徒によく借りられている。常連女子が、本多さんスキーっと叫んでいたので、新作出たみたいだから買っとくねと言ったら大喜び。早速本日書店でゲットし、いくらあせっても貸せないので読んでみることにした。
舞台は三流大学のキャンパス。正義の味方研究部なるものに、いじめられっ子だった亮太がスカウトされるところから始まる。正義の味方研究部略して“セイケン”は、学内で起きる“正義ではないこと”(正義の反対語って何?)に介入して正すことをその活動内容とする。そこでの活動を通して、亮太は少しずつ変わってゆく。自分の尊厳に目覚めると言った方が近いか。いじめは見たくない。聞きたくない。知りたくない。当事者以外の正直な気持ちだ。先生も同じ。いじめられっ子だった亮太の言葉に、ああその通りだと思った。ごめんね、とは思うけれど、これ以上辛いって言ってくれなければいいな、どうにかしてくれと言われなければいいなと、思ってしまうのだ。そして間先輩の言葉。不公平さは意思と努力の根幹を腐らせる。同じことをしても東大にいけるヤツといけないヤツ。バカバカしくてやってられなくなる・・・。それが本当に日本にはびこっているのかどうかはまた別の機会に検証の場を譲るとして、格差社会の何がいけないのか、それが結果としてだけではなく、スタートラインとして次世代に作用するところに問題があるからなんだなあと思った。間先輩と亮太の絡みはもっと書き込まれていいと思ったけれど、それ以外の先輩との最後の対決(?)では言葉が尽くされているように感じた。“カッコ悪い”けれど自分なりの正義を通す亮太に、強いなあオマエと思った。痛みとか恐怖とかは日常生活からはイマイチ遠くて本気で怖がれないけれど、みっともないと思われる恐怖ってリアルだから・・・。ブアツサにちょっとしり込みしていたけれど、読み始めればあっちゅうまに読み終わる、力のある作品でした。本多氏の本は、わがトショカンでは2冊行方不明中です。返せ〜〜!!